Self-introduction


はじめまして!

 Studiofreeは、1983年、日本がバブルへ向かう少し前に、大手製菓会社のパッケージデザイン事務所として発足しました。

 

その頃は、雑誌創刊が目白押し、テレビもマスコミ関係、社会人も学生も、みんな元気でした。

 

美術大学で学んでいた頃もまだ、携帯電話やインターネットが普及する前でしたので、美術書やら、図鑑やら、

自分自身の身体ごと移動して、目で見、確認や調べ物、丸々1日かけて、収穫がない日もあったりして。

でも、それが、無駄な時間だと感じたことはなく、新しい場所や出会い、景色、風の匂いなんかも、五感をフル活用した、清々しさもありました。

 

とくに昭和懐古主義でも、何でもないのですが、

携帯電話とインターネットで、24時間かかっていたようなことが、数分でわかってしまう、、、、。

 

そうなると、暇な時間というものが、常に身にまとわりつき、将来、老人になってからの生活なども、考えるような時間があります。

 

「再婚もして、このままパート主婦で過ごすのも、ひとつの幸せかなあ?」と、ぼんやりしておりましたら、

ある日、突然、元気と怒鳴り声と笑い声が、洋服をきているような、実母が病院で急死したのです。

 

まだ69歳でした。

 

そう重篤ではない糖尿病は知っておりましたが、こうも、人間、ある日突然死んでしまうことがあるんだなあと、、、。

 

「お母さん、走馬灯見たのかな?、、、、。」

 

「、、、、私は、やっぱり、後悔することが、ひとつあるわ!」

 

せっかく、大好きだった絵を描くことが、デザイン事務所の経営を進めるに従い、好きだったことが、苦しいことに変わってしまったこと。

 

やっぱり、デザインでお金をいただく以上は、腕を磨き、クライアントと消費者の代弁者であるべきだ!と。

 

ようは、自分のセンス、感覚的な大事なものを、どこかにしまいこんで、はじめからなかったものに、してしまっていました。

 

再婚主婦10年の間、たびたびその憤りを感じながらも、奥の奥にしまいこんだ、「自分」を取り戻すことができず、かえって疲弊してしまうこと。

 

ああ。

 

残念だなあ、でも、このまま走馬灯で後悔するのは、いやだなあ、と、考えておりました。

 

 

そんな折、空前のハンドメイドブームが、日本に到来です。

 

何故だか、母親の急死あたりから、「スーパーセブン」という、なんだか超速そうな車の名前のよう、、、。

全く耳にしたことのない、紫がかった珍しい水晶に惹かれ、少しづつ集めていたりして、、、。

 

地球から出てきた自然のものたち。

 

不思議だけと、それが普通?

 

んんん?

 

なんか法則的なものもあるんじゃないかなあ。

 

だって、植物も、動物も、蝶も、そして遺伝子のループも、この正確さは、何なんだ!!!

 

原子、分子の図鑑、なんて綺麗!そして規則的。

 

うんうん、なんかわからないけど、妙に納得。

 

結晶や鉱物って、こんなに素敵なものだったんだ、、、、と、ひとり嬉しくなっていました。

 

もともと、アールヌーボーのジャポニズムを目指していたので、

花鳥風月の規則性と、フリーハンドの儚さ、柔らかさ、温かみには馴染みがありましたが。

いやああ、鉱物までいくとは、自分が自分に、サプライズでした。

 

創る、集める、披露する、そのために勉強する。

 

尺度が、クライアントでなく、自分自身。

 

当たり前なのでしょうが、地球自体が、磁力をもった鉱物ですし、そこにくっ付いてるのが人であるわけでして、

もう、宇宙レベルでは、太陽系の惑星のぐるぐる軌道に、人間だけが関係ない!ってわけがない!

(自論)

 

そして、数年。

 

高校の同級生で、美術研究所が同じだった「スパイラル」という、山中環くんの東京個展はがきが届いた、

 記念すべき今年2016年夏前。

 

「伊達冠石」の彫刻と記載があり、

 

んんん?

私の先祖は「伊達政宗」の伊達藩家臣というのは、知っていた。

さらに、どんどん調べると、「伊達冠石」は、東北の丸森の採掘場でしか存在しない。

 

世界中のなかで、たったここだけ。

 

しかも、「伊達政宗」の藩から、青葉城に行くための橋を作ることを命じられ、橋作りにもに適した、泥だんごのような、

丸くて、可愛い、丈夫な岩石。

 割って、中を磨けば艶々の黒色ベタ、茶褐色ベタ、ゼブラ柄、豹柄のような模様。

 たくさんの表情を見せてくれる。

 

、、、らしい。

 

これは、何かの「流れ」かな?と、私は、環くんに、数十年ぶりに、連絡をとったのでした。

 

その、なにか大きな流れ?

大きな後押し?

なにかに、ぽんと、背中を押され、舞台に上がってしまった表現者。

そんな、不思議なご縁のコラボレーションが、今年夏に始まったのでした。

 

そして、今、新生Studiofreeが、覚醒したのでした。

 

 

 

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2016年 秋

Studiofree 代表デザイナー 氏家理為

 


Rii Ujjie プロフィール

 

1962年 東京生まれ

武蔵野美術短期大学グラフィックデザイン科卒業

1983年 (株)スタジオフリー 代表取締役アートディレクター

大手M製菓 健康産業部 パッケージデザイン、

フィットネス月刊誌「FIT」(現月刊フィットネスジャーナル)アートディレクター

大手流通D社、IグループのPBのマーチャンダイジング、アートディレクター

 ▼現在 クリスタル、鉱物、天然石をつかった装飾品のデザイナー、インテリア雑貨などのバイヤー



個性的で、最先端な天然石アクセサリーと輸入雑貨SHOP